福岡高等裁判所 昭和28年(う)398号 判決
鹿児島地方裁判所川内支部が昭和二七年六月一〇日発した債権者触泰蔵同賢三債務者被告人及吉村道間の同庁昭和二七年(ヨ)第一四号仮処分命令は「一、川内市向田町二五二番の二の宅地八〇坪七勺の内二七坪七合六勺の土地に対する債務者等の占有を解き債権者等の委任する鹿児島地方裁判所川内支部執行吏にその保管を命ずる、二、債務者等は前項の土地の範囲に立入り工作してはならない、三、債務者等はその占有を他人に移転し又は占有名義を変更してはならない、四、執行吏は右の趣旨を公示するため適当な方法をとらなければならない」とあり一、が執行吏に執行を命じたものであつて二、三、が債務者等に対する不作為命令であることは洵に所論のとおりであるが占有者が占有物の占有を保全するため占有を侵害しようとする者に対して占有を妨害してはならないとの仮処分決定を得た場合には右決定は債務者に送達せらるればそれによつて直ちにその効力を生じ目的を達せられるからその旨を執行吏に公示させる必要はないけれども債務者の占有するものゝ占有を執行吏に移した場合にはその旨を第三者に公示する必要があるから本件における仮処分決定については同決定四、のとおり執行吏はその趣旨を公示するため適当の方法を講ずることが要請せられ従つて執行吏がその方法を講ずるにおいては前記決定の二、三項も四項の執行々為の関連においてその内容をなすものであつて同第二、三項は債務者等に対する不作為命令を含むと同時に執行吏の執行々為の一部をなすものといわなければならない。従つて債務者等が右二、三項の命令の趣旨に反し同命令の内容を公示するため執行吏がなした公示の内容を無効ならしめた行為は刑法第九六条にいわゆる公務員の施した標示を無効ならしめたものというべきである。しかして右二項の債務者等は右土地の範囲内に立入り工作してはならないとある文意は右土地に立入ることを禁ずると共にその内部において現状を変更する工作することをも禁ずる趣旨と解すべきである。尤も右仮処分の目的宅地上には仮処分執行当時債権者に何等権利のない建物が存していたことは所論のとおりであるところ右仮処分の目的とするところは単に該土地に対するものであるから仮処分の執行として執行吏は該地上に存する建物の占有をも自己の占有に移すことはできないものといわなければならない。
しかして建物に対する占有とその敷地である宅地に対する占有とは観念的には分別して考えられるけれども右建物を他に移転しない限り建物とその敷地とは客観的に一体不可分の関係にあり建物の占有については必然的にその敷地の占有をも必要とするものであり敷地の占有を除外しては建物の占有が存立する余地がないのであるから土地に対して仮処分がなされた場合執行吏は建物とその敷地面積とが一致するとき敷地だけに対する債務者の占有を解きこれを執行吏の単独占有に移すことはできないものと解せられるけれども原審並びに当審における検証の結果と記録上その余の証拠によると右仮処分の目的宅地の面積は建物の敷地面積よりもはるかに広いことが認められるから少くとも右建物敷地に充てられていないその余の宅地部分は執行吏の仮処分執行々為により完全に債務者等の占有が解除せられ執行吏の保管に帰したものと認めなければならない。しかして原審並びに当審検証の結果に徴すると右の執行吏の占有保管に帰した部分は債務者等に対して立入り工作することをも禁ぜられたものであつて同建物内において生活居住するについては右店舗用建物(住宅をも含む)と離れて同宅地内に存する便所を使用する等右禁止区域に立入らざるを得ない関係にあることが認められるから執行吏の執行行為当時同建物に不在であつた債務者たる被告人がその後同年八月二八日右禁止区域を侵し同家屋に立入り居住したことは結局前記執行吏の公示の標目を無視しこれを無効ならしめたものといわなければならない。右のように解することにより債務者は一時右建物の使用を停止せられその所有権を制限せられることになるけれども仮処分は将来本案訴訟において確定せらるべき権利又は法律関係を保全するための緊急処置として一時仮りに為される処分であるからその間債務者の権利の行使が一部制限を受けることは建物収去並びに土地明渡の本案訴訟を前提とする右仮処分の性質からみて已む得ないものといわねばならない。
以上の見地から原判決について検討すると原判決は前記仮処分決定に基いて昭和二七年六月一〇日執行吏黒木重栄が右土地に臨み、前記土地二七坪七合六勺を占有し従つて其の敷地内にあり事実上空家状態になつていた木造小板葺二階建店舗一棟建坪一七坪外二階三坪の占有をも執行吏に移し同家屋表入口の鴨居に前記仮処分命令趣旨記載の公示札を打ち付けかつ同入口一杯地上約二尺の高さに繩張りを施して右仮処分命令の執行を為したに拘らずこれを無視して同年八月二八日右土地に立入り右家屋に居住して前記差押の標示を無効たらしめたものであると認定しているところ前記仮処分執行の効力が直接建物にまで及ぶものでないことは前説示のとおりであるから原判決が被告人が右土地に立入ると共に執行吏の占有に帰した建物内に居住して差押の標示を無効ならしめたと認定したことは結局法令の解釈を誤りひいて事実を誤認したものであり右の誤は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから論旨は結局理由があるに帰し原判決は破棄せざるを得ない。(中略)
江川弁護人の論旨について判断したとおりの理由により原判決は破棄を免れないので刑事訴訟法第三九七条によりこれを破棄し同法第四〇〇条但書により当裁判所において被告事件につき更に次のとおり判決する。
当裁判所の認める罪となるべき事実
被告人は、鹿児島地方裁判所川内支部が昭和二十七年六月十日、債権者触泰蔵及び触賢三、債務者被告人及び吉村道間の同庁昭和二十七年(ヨ)第一四号仮処分命令申請事件について、債権者の申請を理由ありと認めて「川内市向田町二百五十二番の二の宅地八十坪七勺の内二十七坪七合六勺の土地に対する債務者等の占有を解き、債権者の委任する同裁判所執行吏にその保管を命ずる。債務者等は前項の土地の範囲内に立入り工作してはならない。債務者等はその占有を他人に移転し、又は占有名義を変更してはならない。執行吏は右の趣旨を公示するため適当の方法をとらなければならない」旨の仮処分命令を発し、これに基いて同日同裁判所執行吏黒木重栄が右土地に臨み、前記土地二七坪七合五勺に対する債務者の占有を解き自らこれを占有し(但し同土地内には当時債務者等が居住していない木造小板葺二階建店舗一棟建坪一七坪外二階三坪が存していたのでこの敷地部分に対する執行吏の占有解除の効力は発生しない)同地内建物表入口の鴨居に前記処分命令趣旨記載の公示札(橫八寸、縦一尺三寸大)を打ち付け、かつ同入口一杯地上約二尺の高さに繩張を施して右仮処分命令の執行をなしたにも拘らず、これを無視して同年八月二十八日右土地に立ち入り、右家屋に居住して前記差押の標示を無効たらしめたものである。(以下省略)
(裁判長判事 甲斐寿雄 判事 二見虎雄 判事 長友文士)